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『クモの糸 下界 カンダタ5』
 
 旅は困難に次ぐ困難だった。食糧はやがて底をついた。カワルラニが集めた金銀も、無限ではない。そうすると、やむを得なく強盗や野盗の類にならざるをえなかった。カンダタのためとて、スジャータも自分を慰めた。

 ――――― 一体、何のための旅なのか?

  常に、二人の頭の中に、疑問の渦が回っている。衣服は破れ、体中に傷が走ると浮浪者とほとんど変わらなくなった。そして、たまたま物見遊山の貴種を見つけると、ラシャーヌは、その武力を発揮し、身ぐるみを剥ぐのだった。時には、手向かったものを八つ裂きにすることもあった。

 ある時には、美人局のようなことまでした。そのような行為で、得た資金を元でに一つの軍隊を形成していた。ラシャーヌがただならない武人であることは、風に乗って、彼等の行く先々に浸透していく。すると、徒党が集まる。そして、その集団を擁して、犯罪を実行する。その繰り返しだった。しかし、彼が最後まで護ったルールがある。
 それは古来より、この世界を支配した身分制度である。
 彼の軍隊に入れるのは、一定以上の武芸の腕前と、出身である。どういう産まれなのか、この世界の住人ならすぐわかる。
 決して武士階級以外の人間を入れることはなかった。
  その軍隊がどれほど大きくなろうとも、かつての生活水準を取り戻したように見える。
ただし、奪った衣服で全身を覆っても、破けた心までは繕えない。
 心は、すり切れ傷口には、瘡蓋が出来ていた。明確な目的を失い流浪するたけの、いや、それだけではなくて、行く先々で犯罪を為す集団に成りはてていた。
 そんな二人に、いつ恋愛感情が発生したのか、誰も知らない。
 いつしか、二人は夫婦になっていた。
 
 ラシャーヌを我が王さまと呼び、スジャータを我が王妃さまと呼んだ。そして、ひとり息子であるカンダタは王子さまと呼ばれた。彼は、何不自由ない幼少時代を過ごしている。かつてハビブ兄が、やっていたことを、同じことをしていたのは、皮肉としかいいようがない。

 スジャータはすべての良心と生きる目的のすべてを、我が子に捧げることにした。そうしないと、彼女の人格は瞬く間に、消滅してしまったことだろう。
ともあれ、カンダタは健やかに育っていく。その過程は、何不自由ないという言葉が適当な状態ではあった。彼は五歳になっていた。

 しかしながら、即席の軍隊は、正規のそれを敵ではなかった。たまたま、その軍隊と出会ったのか、向こうが計画して襲ってきたのか知るすべはない。ただし、一瞬の戦闘によって、討ち滅ぼされたのは事実である。結果、男どもは殺され、女達は奴隷として、売られた。スジャータは辛うじて、生き延びた。しかし、ラシャーヌがどうなったのかわからない。
こうして、カンダタは6歳を前にして、富貴な環境のすべてを失ってしまった。

 二人は当てもなく、北に向かって歩き出した。やがて、辿り着いたのはひなびた村だった。村民はなかなか、よそ者を受け入れようとはしなかったが、村長の憶えめでたく、村民として認められることになった。しかし、二人に吹く風当たりは、生やさしいものではなかった。

 「お母上さまあ!」
 いま、カンダタが泣きながら家に入ってきた。住宅を見れば、かなり贅沢な部類に入るだろう。
「また、いじめられたのかい?」
スジャータが息子の表情を読もうとすると、外から声が聞こえてきた。
 カンダタ、カンダタ!ててなしっ子、はは、けがらわしいばいた
それは声というよりも歌だった、売女などと言うことばを何処で憶えたのだろう。スジャータは、子供たちに対する憎しみよりは、この村が醸し出す風土を哀しいと思った。
 おそらくは、親から言われているのだろう。
「あの家の子と付き合うな」と。
子は親の言うことを聞かないもの。その親の言から、あそこの子はいじめてもいいのだと公認された気になっているのだろう。
「カンダタ、またいじめられたの」
「僕は、ててなし子のミットモナイ子の上に、ははじゃは・・・・・」
 まるで自己紹介のように、言の葉を川の流れに乗せるカンダタ。
「どうしたの?」
息子の言葉に、思わず、我を失うスジャータ。
「そんなこといつも言っているの?」
「言わないとぶたれるの・・・・・ねえ、ててなし子ってどういう意味」

「・・・・・・・・・・」
 スジャータは返す言葉を知らなかった。村民たちにいい顔されていないとはいえ、息子までこんな悲しい思いをしていたとは。あの子供だちの親が、何を言っているのか、目に見えるようだ。
「ねえ、お父上さまは何処におられるの」
「・・・・・・」
 これにも答えることはできない。
「ねえ、ばいたって何?」
「子供がそんなこと知らなくてもいいの?!」
「でも、おなじ子供に言われるんだよ」

「いい加減にしなさい!!」
 ついにスジャータは息子の前で、感情を爆発させてしまった。
「あら、赤くなってる、かわいそうに」
 我が子を抱きしめると、そっと、撫でてやる。悪童どもの歌は、やがて消えていった。

 スジャータとカンダタが辿り着いた村では、何処でもそうだが、父親がたしかでないことが、非常に差別される。その上、彼女が生きるためには、ある一つの生業を選ばなくてはならなかった。
 
 村長の愛人になることである。
 
 この村に住居を定めることができたのも、村長の憶えが目出度かったからである。それ故に、しばらくは、安楽に住まうことができた。しかし、そのことは、村の女性たちに決定的な不快感を与えた。そのことは、その後の暮らしに暗雲が立ちこめていく理由となる。
 
 それでも村長が健在なるときは、二人の暮らし向きも悪いものではなかった。しかし、彼は老齢である。そして、最近では病気がちになっていた。もしも、このままむなしくなってしまえば、二人の未来は、水面を漂う紙よりも頼りないものになってしまう。スジャータは、カワルラニのマネをして祈ったが、それが天に通じることはなかった。












テーマ:連載小説 - ジャンル:小説・文学

小説『クモの糸』 | 00:14:41 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
どういう生き方をして、どういう死に方をして、元の場所へと戻るのか。
コメントはしていませんでしたが、期待を込めて閲覧させていただいております。


相変わらずかなりの更新ペースですね。
引き続き頑張ってください。。。
2009-01-14 水 00:39:57 | URL | ktkr [編集]
コメントありがとうございます。
 こんにちは、ktkrさん、コメントありがとうございます。

 芥川のオマージュのつもりが、まさかここまで、なるとは思いませんでした。プロットを組み立てた時には、今の様相は、完全な想定外でした。

 読者さんの励ましがあるからこそ、がんばることができます。
これからもよろしく、おねがいします。
2009-01-14 水 09:51:54 | URL | ueno [編集]
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